大人って大したことない
子供ひとりについて、じっくり考えること。
忙しいと疎かになりがち。
自分で良くないなぁと感じるのは、答えを急ぐこと。早く次に行きたがること。せっかちなのね。
でもそのためにその子について考えることを放り投げて「常識」「一般」にすがってしまう。「いいから!」「とりあえず!」の仕事は、いつも後味が悪い。
『教育だなんておこがましい。子供らには添うてやれ』と、私の尊敬する灰谷さんの教え。
つい世間的な教育論に逃げてあの子たちに添うことを忘れてしまう。本当はこんなことをしたいんじゃない。
「教育に正解なんてない」というのを言い訳にして独りよがりなやり方に甘んじていないか。
正解がないからこそ、その瞬間におけるベストな道を脳みそに汗かいて必死に探らないとね。
大人になったからって、大した人間になれるわけじゃない。わけ知り顔や物知り顔をしたところで、突き詰めれば底が知れてる。
勉強しよう。
中学生の恋愛事情
子供ら同士のやりとりを見てると、その拙さや不器用さ、率直さが微笑ましいと同時に、過去の自分を見るような気恥ずかしさも覚える。
(#゚ロ゚#)ハズい。
こと恋愛ともなると、「あー、こんな感じだったなぁ」とか「こういう男子いたわぁ」ってなって、ノスタルジーが凄い。
うちの塾の生徒たちは色んな学校から来ているけれど、そんななかで子供達は、そんな学校のボーダーを超えた交流が出来ているみたい。
ある女の子が私に気持ちの上での不安を訴えてきて、私が彼女の相談に乗っていると、隣にいた別の学校の男の子が、
「不安なら、僕がそのたびに声をかけるから大丈夫だよ」
って言ってきて(笑)
草食系がどうとか昨今男子の積極性の衰えが叫ばれる中、少年たちはちゃんと「男の子」しています。それを聞いてあたしは「可愛いーーーー!!!!」と心の中で絶叫してキュンキュンしました。
男の子が「男の子」するのを見るのはたまらなく好き(笑)
その恋が実るかは別として、男の子には、女の子の王子様や騎士様でいてほしいと思う。
そんな姫の独り言(笑)
(#゚ロ゚#)あたしだってお姫様だもん♡
ラプンツェルみたいな?
日本人特有の性質なのかな?
傷つきたくないとガチガチに防御する一方で、相手にグイグイ入ってこられるのを実は待ってる、っていう性質。
放っておいて!
っていうのもおかまいなしに、興味や好意をありったけ注いでくれる誰かを欲してる。
誰か!自分を愛せ!!
みたいな(笑)
でもそういうとこが、なんか可愛いよね。
明日は来て欲しくないけれど今日も早く終わって欲しい
あたしのいなかった日のことであたし責められてもなー
(#゚ロ゚#)ぴっぴろぴ〜
こっち見て言うな。
(´・д・`)あっち向け!
はぁーーーーーめんど。
(´ω`)オヤスミ〜
星に願いを
どうしようもなく疲れてイライラしているときであっても、もうひと踏ん張りして、人にやさしくできる人間になりたい。
それで
どうしようもなく疲れてイライラしている人が、もう踏ん張れなくて、やさしくしてくれなくても、それを笑って許せる人間になりたい。
夜は早く寝た方がいい
自分ではない他人を肯定するのはすごく意識的なことだと思った。
教育って、まずはその子を肯定してあげること、とか、信じてあげること、とか言うけれど、それは自然発生的な感情なんかじゃなくて、「そうしよう」と決めて、そうし続けるものなのね。
自分の感情によらず、そうし続けられる人が、優れた教育者なのかもしれない。
感情との折り合いをつけるのが難しい。
感情は無視し続けるとのちのち大きなしっぺ返しを食うから、完全に無視するわけにもいかない。
そもそも感情だなんだと言ってる時点で何かを見失っている気がする(笑)
とりあえず寝よう。
(´ω`)オヤスミー
あの子の頭にアンテナ刺してコントローラ使って勉強させたい
心って、子供の頃から少しずつ鍛えられているのね。
思いやる心
頑張る心
信じる心
愛する心
教育って、頑張る心を育てることに尽きるのかもしれない。いざというときに頑張れなければ、結局何かを諦めるしかない未来になってしまう。少なくとも私たちの暮らす社会では、勉強が出来るか出来ないかで選択肢の幅がまるっきり変わる。勉強はもちろん、5教科に限った話じゃない。
頑張る心は、それこそ筋肉に似てる。
放っておけばみるみる弱くなる。でも適切な負荷を継続的にかけていけば、強く逞しくなる。
中3の受験生の男の子。
その子はこれまで相当に甘やかされてきたのだろう。頑張らなければいけない状況だと分かっていても、頑張れない。すぐに目の前の楽に流されて、隣の友達に話しかける。家では全く勉強に当たることはやっていない。
テストの点を上げること自体は、実はそんなに難しいことではない。
本当に難しいのは、頑張らない子を頑張らせることだ。
頑張らない理由が、何か環境的なものが原因であれば、それを取り除くだけで済む。家だと集中できないから、というなら、こちらの自習室を使わせてあげればいい。学校の勉強がわからない、ついていけないのであれば、塾に来てさえくれれば、時間の許す限り私達が理解できるまで解説をする。
それならいい。でも、ただ「面倒くさい」「楽をしたい」という心の緩み、頑張る心の筋力そのものが退化した状態の子というのは、こちらの消耗が激しい上に、実りがない。
虚空に向かって叫んでいるような気持ちになる。どう教育したらこんな子に育つのかと親をなじりたくなる。
その子は授業で取っている科目についてはテストの点が30点も上がった。それ自体は良いことだけど、それで図に乗ってしまった。
「今頑張らなくても後である程度頑張ればいけんじゃね?!」
と思わせてしまった。
オーナーは
「僕たちは頑張りたい子、頑張る子に力を注ぎましょう。我々の力も所詮は有限なんです。僕はもうあの子には何も言いません」
と言った。
正論だと思った。
私があの子を見ていて腹の底から怒りがわく。その子に対してもそうだし、その状態を放置してきた周囲の大人にもそうだし、何にも状況を変えられない自分にも。
だからといってその子に対して愛情があるわけではないけれど。他の子の邪魔をする位なら他所の塾に移ってくれた方が管理上安心するくらいだし。
ただ、決して本人の意に沿わない未来がその子を待ちうけているだろうと思うとざわつくものがある。
頑張れよ、このヤローーーーーー!!!!!
ヽ(`Д´#)ノ ムキー!!